名古屋高等裁判所金沢支部 昭和54年(ラ)40号 判決 1981年3月30日
抗告人 小西憲三
<ほか三名>
右抗告人四名訴訟代理人弁護士 奈賀隆雄
同 本林譲
同 青木武男
同 千葉睿一
相手方 小泉敏久
右訴訟代理人弁護士 嘉野幸太郎
同 若杉幸平
主文
原決定を次のとおり変更する。
相手方は別紙物件目録記載の土地に立入り抗告人らが別紙設計図(一)ないし(八)に基いてなす鉄骨造建物の建築工事を妨害する一切の行為をしてはならない。
抗告人らのその余の申請を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも相手方の負担とする。
事実
第一申立
抗告人らは「原決定を取消す。相手方は別紙物件目録記載の土地に立入り抗告人らがなす鉄骨造建物の建築工事を妨害する一切の行為をしてはならない。」との裁判を求め、相手方は抗告棄却の裁判を求めた。
第二主張
一 抗告人らの主張(仮処分申請の理由等)
(被保全権利について)
1 別紙物件目録記載(一)ないし(四)の土地(以下、各土地を一括して「本件土地」といい、個々の土地を「本件(一)の土地」のようにいう)は相手方の所有であるところ、抗告人小西憲三は本件(一)の土地を、抗告人藤江武憲は本件(二)の土地を、抗告人室四郎は本件(三)の土地を、抗告人株式会社シャルムは本件(四)の土地を、それぞれ建物所有の目的をもって相手方から賃借している。
右賃貸借は、はじめ非堅固建物の所有を目的とするものであったが、借地条件変更の裁判(富山地方裁判所昭和五〇年(借チ)第一号、昭和五四年二月七日決定、同年六月二〇日抗告棄却)により堅固な建物の所有を目的とするものに変更された。
2 ところで、本件土地を含む富山市総曲輪三丁目四番の区域は都市計画法に基く高度利用地区に指定され、建築面積の最低限度が二〇〇平方メートルと定められたため、抗告人らは各自単独では借地上に堅固な建物を建築することができなくなった。
3 そこで、抗告人らは協議の結果、合法的に可能な唯一ともいうべき方法として、共同して一棟の建物を建築し、内部をそれぞれの借地の範囲に合せて縦割型に区分し、自己の借地上の区分建物部分を建物の区分所有等に関する法律(以下「建物区分所有権法」という)に基いて各自所有することを企画し、右趣旨に従い昭和五四年八月二〇日清水建設株式会社と工事請負契約を締結した。
右共同建物の区分所有に関する具体的内容としては、抗告人小西は本件(一)の土地上に一階から四階までそれぞれ構造上利用上独立性を有する専有部分を所有し、抗告人藤江、同室はそれぞれ本件(二)の土地、本件(三)の土地上に、一階から三階まで同様に独立性を有する専有部分と、相互に境を接する部分の一階の入口および階段のいわゆる共用部分(この部分については借地境界線を境として各自分有する)を所有し、抗告人株式会社シャルムは本件(四)の土地上に一階から五階および塔屋からなる独立性を有する専有部分を所有することとし、しかも各自の縦割の区分所有建物部分と隣接する他の抗告人のそれとの間は、抗告人藤江と抗告人室との間を除き、借地境界線上に直立する隔壁をもって仕切られるように設計されている。
抗告人らは右建築計画につき既に建築確認手続を経ており、今後可能な限り速かに工事に着手したい意向でいる。
4 抗告人らがこのような建築工事を実施し、それぞれの借地の範囲内において自己名義の区分建物を所有することは、あたかも借地上に一棟一戸の建物を建築所有する一般の土地利用の場合と何ら異るところがなく、各自の借地権に基く使用収益権能の正当な行使として許容されるべきである。
5 かりに、右建築計画のうち抗告人藤江、同室に関する共用部分に問題があるとするならば、予備的に、別紙図面(一)ないし(八)のとおり階段室の共用、高架受水槽、地下受水槽の共用の計画を廃し、一階から三階までを通じて抗告人藤江と抗告人室の借地境界線上に隔壁を設けたうえ、階段、地下受水槽はそれぞれの借地の範囲内に各別に設置することに設計を変更する用意がある。
6 本件建物が共同建物であるために、借地契約の解除等の場合、当該借地人である抗告人の区分所有の建物部分に対する収去の個別的執行が不能となるおそれがあるとしても、もともと、本件土地については都市計画法による高度利用地区の指定がなされていて、かりに収去の個別的執行をなし得たとしても、その対象である建物部分の跡地に堅固な建物を建築することは不可能で、わずかに容易に移転または除却可能な低層の簡易建物を建築し得るにとどまり、右土地につき経済的に効率の高い利用をはかることは望むべくもないうえに、収去の個別的執行が不能の場合にはその代償として建物区分所有権法七条に基き区分所有権売渡請求権を行使することにより、地上建物部分を取得し敷地をより効率的に利用する方法が保障されているのであるから、相手方にとって必ずしも不利益とはいえない。
7 このことに加えて、本件に特有の左記諸事情を考慮すると、相手方において本件共同建物の建築に異議を述べ、あるいは阻止行動に出ることは信義誠実の原則に反し、ないしは権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。
(一) 昭和四七年二月一七日、本件土地が属する富山市総曲輪三丁目四番街区に大火があり、抗告人株式会社シャルムと抗告人室の建物は全焼し、抗告人藤江と抗告人小西の建物は一部焼失した。
右大火の直後、富山市および富山市商工会議所の協力のもとに、抗告人らをはじめその他の罹災者である借地人、借家人および関係地主が組合員となり、富山市総曲輪三丁目四番の全部を施行区域として市街地再開発組合設立に必要な諸準備をすることを目的とする富山市総曲輪市街地再開発準備組合を設立し、抗告人ら(抗告人藤江のみは先代藤江友三郎)は借地人として、相手方は地主として参加した。
(二) ところが、かねてから抗告人らの借地権は期間満了により消滅したと主張していた相手方は、抗告人らを組合員として参加させることは不当であり、もし強いて参加を認めるならば再開発共同ビルの建設に対し徹底的に反対するとの意見を述べ、同組合の理事会、委員会等に出席しては右趣旨の激越な発言を繰返す有様であった。組合としては手段をつくしてその翻意を促したが目的を達することができず、そのため一年有半を徒過する結果となった。
そこで抗告人らは協議の上、これを以上自分らのため社会的に重要な市街地再開発事業の進展が阻害されることをおそれ、大局的見地に立って昭和四八年一一月一日不本意ながら同組合を脱退することとした。
しかしながら、右脱退は抗告人らの終局的脱退を意味するものでなく、前記大火直後に相手方から富山地方裁判所に抗告人らを被告として提起された本件土地に関する建物収去土地明渡等請求事件(抗告人らからも借地権確認の反訴を提起)において抗告人らが勝訴し、抗告人らの借地権の存在が確認された暁には組合に復帰し、組合員として事業に参加するといういわば条件付の脱退であり、この点につき組合との間に諒解が成立していた。
(三) このような事態の推移の間に、富山市は都市計画高度利用地区決定の前提として昭和四九年一〇月三日その都市計画案を公告して公衆の縦覧に供するとともに、これに対し利害関係人から市当局に対する意見書の提出が行われ、抗告人らも利害関係人として(抗告人らは借地人として市の権利者名簿に登載されていた)同月一二日付をもって意見書を提出し、その内容として、当時抗告人らが当面していた借地権確認訴訟事件の勝訴判決が適切な時限内になされるか否かの不確定要素を危惧しながらも、一応高度利用地区の決定に賛意を表し、市街地再開発事業に対する参加が阻止されないよう市当局の配慮を要請する旨の意見を述べた。
また、その直後になされた富山県の市街地再開発事業に関する都市計画案の公告に対しても、抗告人らは意見書を提出し、自分らの借地部分を除外した右都市計画案の不当性を強調するとともに、この部分を包含した都市計画案に変更するよう意見を述べた。
(四) かくして、富山市は都市計画法に基き昭和四九年一二月二三日本件土地を含む富山市総曲輪三丁目四番面積約〇・五ヘクタールを区域として都市計画高度利用地区の決定をし、その旨の告示をした。そして、翌二四日には右高度利用地区内の抗告人ら四名の借地部分を除外したその余の地区を施行区域として都市再開発法による市街地再開発事業に関する都市計画を決定しその旨の告示がなされた。右市街地再開発事業に関する都市計画は、後のいわゆる西武百貨店再開発共同ビルを建設する計画を内容とするものである。
かくて、右二つの告示がなされた時点において、抗告人らは、これらの告示が取消されない限り、市街地再開発事業に参加して再開発共同ビルに入居する機会を失い、しかも自己の借地上に高度利用地区決定の制約のみが残存する結果となった。
(五) これより先、抗告人ら四名と相手方を除外したその余の組合員によって設立された新準備組合の運営のもとで市街地再開発の事業は順調に進展し、前記告示を経たうえ、昭和五〇年二月いわゆる富山西武百貨店再開発共同ビルの建設を目的とする富山市総曲輪地区市街地再開発組合が発足し、同年四月同ビル建設の着工、昭和五一年七月ビル完成の運びとなり、結局、前記訴訟事件の判決は、抗告人らが新準備組合、右市街地再開発組合へ復帰ないし参加することの可能な時限内にはなされず、その結果、抗告人らが再開発共同ビルに入居することは不可能となり、ただ本件土地に対する高度利用地区の決定のみが残ることになってしまった。
(六) 本件土地を含む高度利用地区の決定がなされた時点において、抗告人らが、結果的に自己の不利益に帰することになった右決定に対し、その取消を求める等の法的措置を講じることは理論的には可能であったとしても、抗告人らは左記(イ)ないし(ホ)の諸事情を考慮してこの挙に出ることを断念せざるを得なかった。
(イ) 抗告人らは、同決定に先立ち、入居可能な再開発共同ビルの建設を期待して市当局に対し予め同決定に対する同意の意思表示をしていたこと
(ロ) 当時、抗告人シャルムと抗告人室の各店舗は、前記大火後の仮設建築物の許可期限が切れていて、市当局から再三にわたり除却の勧告を受け、わずかにその好意的な計らいによって除却の強制執行を免れている状態にあったので、その市当局を相手取って法的抗争を試みることは、弱者の立場にある右両抗告人を含む抗告人らとしては事実上困難であったこと、
(ハ) 地元商店主で構成する団体である総曲輪通り商盛会も本件土地部分に対する高度利用地区の決定を解除して本件土地上に従前の規模と態様の個別的建物を持続することに反対し、少くとも民間方式の共同ビルの建設を強く要望していたこと
(ニ) 当時、抗告人らは法律専門家の意見に基き、抗告人らによる民間方式の共同ビルの建設が必ずしも不可能ではないとの認識に立っていたこと
(ホ) 抗告人らが市当局に対し本件借地部分に対する高度利用地区の決定に対する解除の可能性について内意を打診したところ、市当局にはその意向は全くなく、解除に対する抵抗が強かったこと
以上の諸事情のもとにおいては、抗告人らが本件土地部分に対する高度利用地区の決定を解除するための法的措置を講じなかったとしても、これを是認し得る客観的事情が存在したとみるべきである。
(保全の必要性について)
1 抗告人らが被っている危難
抗告人株式会社シャルムと抗告人室四郎は前記大火の類焼により本件借地上の店舗を焼失し、その跡に市当局の許可を得て仮設建築物の店舗を建てて営業を継続してきたところ、昭和五二年三月その許可期限がきれたため爾後再三再四にわたり市当局から防火地域内の違反建築として除却の勧告を受け、右抗告人両名としては可及的速やかにこれを除却し本建築をする必要に迫られている。抗告人藤江並びに抗告人小西もまた前記大火により一部焼失した木造店舗に僅かに修復を加えて営業を継続してきたところ、現在においては右店舗も耐用年数をすぎ、かつ狭あいのため今後効率的に営業を継続するためには防火地域の環境に即応してこれを取毀し本建築をする必要がある。しかるところ、本件土地は前述のように都市計画法に基く高度利用地区の指定により建築面積の制限が存するため抗告人らは各自単独では堅固な建物の建築ができないので共同して建築を実施するより外なく、ここにおいて、抗告人株式会社シャルムと抗告人室は本件共同建築を実施することが店舗の除却勧告を受けている現在の窮境を打開するため必要であるとともに、本建築をなし得る唯一の機会と方法であるとして、また抗告人藤江と抗告人小西もまた本件共同建築を実施することが防火地域の環境に即応して営業を継続するため必要であるとともに、本建築をなし得る唯一の機会と方法であるとして、抗告人ら全員協議の結果、抗告人ら主張のような共同建築に関する企画をたて、清水建設株式会社との間にこれが請負契約を締結するに至ったのである。
ところが、請負人の清水建設株式会社が建築工事施行の支障の有無を確かめるため、本件土地の賃貸人兼地主である相手方の意図を打診したところ、相手方は本件土地上には抗告人らの建物は絶対に建てさせないと放言したのみならず、同会社富山営業所を通じて調査した結果、相手方が暴力を振う人物であることが明らかとなったので、同会社は建築工事に着手した後相手方の実力行使によって工事を中止せざるを得ないような事態の発生をおそれて抗告人らに対し相手方が右工事を妨害しないような法的保障を、具体的には、裁判所による建築工事の妨害禁止の仮処分命令がでるまでは不本意ながら工事に着手することを留保する旨を申し出てきた。抗告人らも相手方の性格、言動を考慮して同会社の右申出をやむを得ざることとして了承することとし、かくて抗告人らは右仮処分命令を得ることなくして建築工事に着手することもできなくなった。抗告人らのかかる進退両難の窮境は社会通念上危難というに価する状況というべきである。
2 抗告人らが被っている著しい損害
抗告人らは堅固な建物所有を目的とする借地権への借地条件変更について、裁判所から命ぜられた給付金として各自七四三万〇五〇〇円ないし一一九五万四九〇〇円を既に相手方に支払い、かつ高額な地代の改定を義務づけられているにも拘らず、相手方の妨害のため、新店舗の建設による効率的な営業の実施が遷延し、仮設建築物或いは木造建物による狭あいな店舗で、しかも先行き不安な被害者心理のもとで日常の営業を細々と持続せざるを得ない状態である。かかる状況のもとにおいてしかもこれに起因して抗告人らが精神的並びに物質的に著しい損害を被っていることは自明といわなければならない。
しかも抗告人株式会社シャルムと抗告人室は前記本建築の着工の予定が今後無期限に遷延すると、着工の確実な予定がつかない状態で市当局から店舗の除却を強制的に執行されるおそれがあり(既に相手方は市当局に対し除却の執行を強硬に申し入れている事実がある。)、もしかかる事態が発生すれば、右抗告人両名は店舗による営業の継続が不能となり甚大な損害を被ることは必至といわなければならない。さらに、右抗告人両名がそのため経済的にゆきづまり、共同建築への参加から脱落すると、その結果として抗告人ら全員が前述の事情に鑑み共同建築を行うことが不可能となり、ひいては堅固な建物所有を目的とする借地権を行使する機会を半永久的に逸するというはかり知れぬ損害を被るおそれがあり、これもあながち杞憂とのみとはいいきれない状況である。
3 急迫な強暴
抗告人らは本件借地の利用に関し相手方から既往において累次に亘る強暴な実力行使をもって妨害を受け被害者心理に追い込まれている結果、今後本建築に着工せんか相手方の性格、言動(抗告人らに対する本建築は絶対させないとの放言等)に徴しまたしてもこれが阻止のため相手方が実力行使をする可能性の存することについて強い懸念を示していることは事理の当然である。しかしながら、その可能性は単に抗告人らが主観的に予測するにとどまらず、前述のように第三者の地位にある工事請負人清水建設株式会社もまた同様の強い懸念を持ち、抗告人らに対し相手方の妨害阻止のための法的保障を要求するに至っては、右の可能性はもはや客観的にも予測可能な状況となり、これを要するに工事着工を阻止するための相手方の実力行使が高度の蓋然性をもって予測される段階に達しているものというべきである。
以上1乃至3の抗告人らが被っている危難、または著しい損害を避け、あるいは急迫な強暴を防ぐためには、他によるべき救済の方法がなく、本件仮処分命令によってのみその目的を達し得るものといわなければならない。
(その他)
相手方の主張事実中、抗告人株式会社シャルムに対する関係での賃貸借契約解除の点は否認する。
二 相手方の主張
1 抗告人らの主張のうち、(被保全権利について)の1、2項の事実および同3項の事実中抗告人らが本件土地上に共同して一棟の建物を建築する計画を有することは認める。
2 抗告人らが建築を予定している建物は四つの借地上にまたがる一棟の建物であるところ、そのような建物の建築は各自の有する借地権の範囲をこえるものとして許されない。
そもそも、抗告人らの借地契約は相互に何の関連性も持っていなかったものであるところ、そこに一棟の建物を建てることになれば借地人相互間に関連性が生じてくる。つまり、各人が他人の借地権の存在を前提にして自己の建物を所有するという関係になってくる。これはいわば借地の相互転貸である。転貸というのが言いすぎならば転貸に準ずる関係ということができる。こうしたことが地主の同意なしには認められないのが現在の借地法の原則である。
3 借地権の相互依存が明らかな点は、抗告人藤江、同室の共用部分とされている階段についてである。これは互いに他人の借地上に造られた階段を利用するよう設計されており、明らかに違法である。抗告人らは予備的に階段を専有とする用意があると主張しているが書面上でのものにすぎず、当初の建築確認申請が修正されたわけでなく、果してそのとおり実行するかどうか疑わしい。
4 かりに右共用部分がないとしても、借地権の相互依存は依然として存在する。即ち、予定された建物は本来一棟の建物であり、建物の基礎を共通にしており、特に抗告人藤江、同室の各専有部分については二つあわせて一つの構造体として構成されておりこれを切離すことはできない。抗告人小西、同株式会社シャルムの専有部分については、費用の面を度外視して、また、基礎の一部が残されるということに目をつぶれば、個別的撤去は可能と思われるが、抗告人藤江、同室の専有部分については個別的撤去が構造上絶対に不可能なようになっている。これは階段部分を専有のものにするという修正とは関係のないものであり、建物の根本的構造に関するものである。
5 個別的収去が不可能となれば借地人に契約違反があった場合にも収去請求が不可能ということになり、これは地主にとってきわめて不利益なことである。借地法では契約違反の借地人には無条件で明渡しを認めているからである。
抗告人らは収去請求は権利の濫用にあたるから許されないというがそれはおかしい。収去請求できるのが原則であり、場合によっては地主の収去請求が権利の濫用にあたる場合があり得るというだけである。その収去請求が全く物理的に不可能な建物を地主の承諾なくして建てられるという考え方は根本的に地主の権利を無視したものである。
6 収去請求が不可能であれば建物区分所有権法七条の売渡請求権が認められているから不利益にならないという考え方も問題がある。借地法では契約違反の借主に対しては建物買取請求を認めていない。また、時価による買取といっても地主は結果的に不必要なものを買わされることになる。
こうしたことは区分所有権一般に共通した問題といえなくもないが、もしそうだとしたら地主は自分が関与しないところで発生した区分所有関係によって何らの補償もなく不利益を受けることになる。これはどこか誤っているはずである。その誤りはすなわち区分所有建物を地主の同意なくして認めるというところにある。地主が同意していれば、すなわち自らも区分所有関係における利害関係人になることを承諾していれば、借地人の契約違反があっても買取請求で対抗し得る以外にないことを地主は納得するであろう。つまりは地主としても区分所有によって生じるさまざまな法律関係にかかわった以上、そこでおきることについては有利不利を問わず、すべて区分所有に関する法律に従わねばならないのだから、すくなくとも自らがそうした関係にかかわるか否かを選択する自由が与えられなければならない。
7 抗告人らが予定している建物建築に相手方が同意しないのは別段権利濫用にあたらない。本件借地上に建物が建たないのは都市計画法の制約があるからであり地主が権利を濫用しているからではない。それを地主の責任にするのは本末転倒という外ない。これは、二〇〇平方メートル以上の敷地がないと建物が建たないという右法律の規定上やむを得ないことである。相手方は借地条件変更の裁判においても、右法律上の制約が存する以上たとえ条件が変更になっても建物は建たない旨を再三主張してきたのであり、条件変更の対価ともいうべき金員もそのような趣旨で受領せず供託されたままになっている。
相手方は抗告人らに対して無理を強いている点はいささかもなく、抗告人らの主張が違法であるととがめているだけのことである。抗告人らは借地条件の変更が認容されれば、本件のような建物が当然建てられると誤解して事を進めてきたにすぎない。
8 相手方と抗告人株式会社シャルムとの賃貸借契約は、借地条件変更決定が確定する以前の昭和五四年三月一五日に賃借人の契約違反および背信行為を理由に解除された。
相手方と同抗告人との間の賃貸借契約においては、賃借人の義務として、賃貸人の承諾なくして地上建物の構造の変更または増改築をしてはならないこと、賃貸人またはその代理人が土地の保存上必要として賃貸土地に立入る場合にはこれを拒否できないことが定められている。
しかるに、抗告人株式会社シャルムは昭和五四年一月二〇日頃までに賃貸人の同意なくして地上建物の改築工事をしていたものである。そして、それに気付いた相手方が右土地内に入り状況を調査しようとしたところ、抗告人株式会社シャルムは予め雇い入れていた氏名不詳の者三名をして相手方が土地内に入ることを実力で阻止し、さらに暴行を加え傷害を負わしめたものである。
このような行為は、単に契約違反であるというにとどまらず、賃貸人と賃借人との間の信頼関係を著しく破壊するものであると考え、相手方は即時契約解除の意思表示をしたものである。
従って、抗告人株式会社シャルムに関しては、右の点からも計画中の建築は違法なものと言わなければならない。
第三疎明関係《省略》
理由
一 本件(一)ないし(四)の土地が相手方の所有であること、本件(一)の土地につき相手方と抗告人小西との間において、本件(二)の土地につき相手方と抗告人藤江との間において、本件(三)の土地につき相手方と抗告人室との間において、本件(四)の土地につき相手方と抗告人株式会社シャルムとの間において、それぞれ非堅固建物の所有を目的とする賃貸借契約関係が存在したこと、昭和五四年二月七日各賃貸借契約につき借地条件を堅固建物の所有を目的とするものに変更する旨の裁判があり、右裁判は同年六月二〇日頃確定したこと、抗告人らは現在各賃借土地上に非堅固建物を所有しているが、右変更の裁判があったことにより、現在の建物を取壊したうえ四名が共同して本件(一)ないし(四)の土地にまたがる一棟の鉄骨造建物を建築する計画を有し、既に建築確認手続も終えた段階にあること、抗告人らがこのように本件(一)ないし(四)の土地にまたがって一棟の建物の建築を計画したのは、本件土地が都市計画法に基く高度利用地区の指定を受け、建築面積の最低限度が二〇〇平方メートルに制限されているため、各抗告人単独ではいずれもその借地上に新たな建物を建築することが許されないからであること、はいずれも当事者間に争いがない。
相手方は、右建築は各抗告人が互いに他の抗告人の借地権の存在を前提としてそれに依存して自己の建物を所有することになり、借地の無断相互転貸ともいうべき状態をもたらすものであり違法であると主張し、抗告人らは、その主張する諸事情のもとにおいては、右建物の建築は抗告人らが有する借地権に基く土地使用権能の正当な行使とみるべきであると主張するので、以下この点について検討する。
二 《証拠省略》によれば、左記事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 賃貸借契約成立当初の経過
(一) 抗告人小西は昭和二一年四月頃相手方の亡父である小泉義久から本件(一)の土地(別紙物件目録における土地の表示は昭和四二年におこなわれた土地区画整理法における換地処分後の表示であるから、昭和二一年当時賃貸借の目的となった士地は正確には従前の土地であるが、右換地処分はいわゆる現地換地であり、かつ、農地処分の前後を通じて賃貸土地の範囲について争いはないから、以下便宜上従前地をも含めた意味で本件(一)の土地という。本件(二)ないし(四)の土地についても同じ。)を、非堅固建物所有の目的で期間の定めなく賃借した。
抗告人藤江の亡父である藤江友三郎は昭和二一年六月頃右小泉義久から本件(二)の土地を右と同様の条件で賃借した。
抗告人室は同年八月頃右小泉義久から本件(三)の土地を右と同様の条件で賃借した。
抗告人株式会社シャルム(当時の商号は株式会社東電社)は、遅くとも昭和二四年頃までに右小泉義久から本件(四)の土地を右と同様の条件で賃借した。
(二) 右賃借人らは昭和二五年六月頃小泉義久との間で、賃貸借期間をいずれも同年六月一日から起算して二〇年間と変更することに合意した。
(三) 右小泉義久は昭和二六年七月一七日死亡し、相手方が遺贈により本件土地の所有権および右各賃貸借契約における賃貸人たる地位を承継した。
2 本件土地の地理的条件および抗告人らの本件土地使用状況
(一) 本件土地は富山市第一の繁華街である総曲輪通り商店街の東側入口近くに位置し、付近には著名な各種専門店が連っている。本件土地はその(一)ないし(四)の順に西から東へ連続し、いずれもその南側が右商店街通りに面している。
なお、付近一帯の土地につき昭和三七年一一月二二日防火地域の指定がなされている。
(二) 抗告人小西は、本件(一)の土地を賃借して以来右土地上の建物で写真館およびカメラ販売業を営み現在に至っている。
(三) 亡藤江友三郎は、本件(二)の土地を賃借して以来右土地上の建物で男子服およびファッション商品の小売業を営み、昭和五一年六月一一日同人が死亡した後は抗告人藤江において右営業を承継し現在に至っている。
(四) 抗告人室は本件(三)の土地を賃借して以来右土地上の建物で呉服小売業を営み現在に至っている。
(五) 抗告人株式会社シャルムは昭和二五年頃以降、本件(四)の土地上の建物の一部において婦人服製造販売業を営み現在に至っており、ほかに右建物の一部を最近まで訴外中山利貞に賃貸していた。
右中山は賃借建物において洋品店を営み、同人死亡後はその妻が営業を継続していたが、昭和五三年末頃営業を廃止した。
3 賃貸借契約の更新をめぐる紛争について
(一) 前記約定による二〇年の契約期間の満了する昭和四五年五月三一日が近づいた頃、抗告人ら(抗告人藤江のみは亡藤江友三郎。同人の死亡前の事実に関し以下同じ。)は相手方に対し本件土地の賃貸借契約の更新をそれぞれ請求したが、相手方は昭和四四年一一月末頃抗告人らに対し内容証明郵便をもって契約の更新を拒絶する旨通知し、さらに、期間満了直後の昭和四五年六月四日頃内容証明郵便によって土地の使用継続に異議を述べ、かつ、直ちに建物を収去して土地を明渡すべき旨催告し、以後抗告人らからの契約更新の要請には一切応じない態度を示した。
(二) そこで、抗告人らは賃料を供託しつつ本件土地の使用を継続していたが、昭和四七年二月一七日、本件土地を含む地域において後記の大火が発生し、抗告人株式会社シャルム、同室所有の建物が全焼、亡藤江友三郎所有の建物が半焼し、抗告人小西所有の建物も一部焼損した。そして、これが契機となって、相手方は同月中に富山地方裁判所に対し抗告人らを被告として本件土地につき建物収去土地明渡の訴を提起し、抗告人らも賃借権存在確認を求めて反訴を提起した。
(三) 右訴訟における争点は賃貸借契約の法定更新を妨げるべき正当事由の存否であり、相手方は自己の長男に薬局を開業させる必要などの正当事由を主張したが、審理の結果相手方の主張は容れられず、昭和五〇年六月一九日、相手方の本訴請求を棄却し、抗告人らの反訴請求を認容する第一審判決が言渡された。
(四) 相手方は右判決を不服として当庁に対し控訴の申立をしたが、控訴審においても相手方の主張は排斥され、昭和五二年九月七日、控訴棄却の判決が言渡された。
相手方はさらに右判決を不服として最高裁判所に対し上告の申立をしたが、昭和五三年四月一三日、上告棄却の判決が言渡され、抗告人らが本件土地に対し賃借権を有することが確定された。
4 総曲輪大火以後の経過
(一) 昭和四七年二月一七日、本件土地を含む富山市総曲輪三丁目四番街区を中心として火災が発生し、同街区の建物の殆んどが罹災し、抗告人らも類焼により前記の被害を蒙った。
本件土地の付近一帯は富山市の代表的繁華街であり、商業地域、防火地域の指定を受けていたが、実際には昭和二〇年代、三〇年代に建築された可燃性の建物が多く残存していたのであり、それが大火の一因ともなっていたことから、市当局としても火災直後から無計画な復興を規制し、都市の不燃化と土地の高度利用を実現する方向での指導を強め、富山商工会議所および地元商店街も積極的にこれに呼応した結果、前記街区の復興につき都市再開発法に基く市街地再開発事業としてこれをおこなうことの気運が高まった。そして、関係商店主および関係地主による再開発協議会が結成され、同年一〇月には市街地再開発組合の母体となるべき富山市総曲輪市街地再開発準備組合の発足をみた。
(二) 一方、抗告人らと相手方との間の本件土地をめぐる紛争は、右火災によって抗告人株式会社シャルムおよび抗告人室の所有建物が焼失したことにより新たな展開を示し、前記のとおり相手方から抗告人らに対し本件土地の明渡訴訟が提起されたことのほかに、同じ頃相手方は抗告人株式会社シャルムおよび抗告人室が本件土地上に建物を再築することを阻止しようとして建築禁止等を求める仮処分申請をした。しかし、この問題は、富山地方裁判所の和解勧告により、本案の問題と切離して、前記再開発事業としての共同ビルの工事が始るまで相手方は暫定的に抗告人らに対し本件土地の使用を認め、かつ、抗告人株式会社シャルムおよび抗告人室が市の許可を得て仮設店舗を建築するにつき同意すること、抗告人らは右土地使用の対価を支払うことを骨子とした和解が成立した。
かくして、抗告人らは前記大火後、罹災地域商店街の構成員として復興事業に加わる一方で、相手方との間の前記明渡訴訟において本件土地賃貸借の法定更新の成否をめぐり争うことになった。
(三) しかるところ、前記再開発準備組合には相手方と抗告人らが共にその構成員として参加していたのであるが、相手方は前記本案訴訟における自己の主張を右準備組合の運営問題に持込み、抗告人らが市街地再開発事業実施区域内の土地の賃借権者として準備組合に参加することは絶対に容認できず、抗告人らが参加した準備組合の活動には非協力に徹する旨を言明し、一応抗告人らを組合員として認めて事業を進行させ前記本案訴訟の結果が判明した段階で然るべき対処をするとの妥協案にも耳をかさず、冷静な話合いを困難にする態度に終始したため、準備組合本来の活動が停滞するに至った。
そして、このままでは罹災地全体の復興が遅延し、商店街全体の利益を害するおそれが生じ、さりとて、このような紛争を内包したまま市街地再開発事業を遂行することも事実上困難という事態に立至り、ここに関係者が協議した結果、本件土地を当初予定した市街地再開発事業実施区域から除外し、抗告人らおよび相手方を除いたメンバーにより縮少された区域における市街地再開発事業を目的とする新準備組合を結成し、抗告人らと相手方との間の前記明渡訴訟が適当な時期までに結着をみた場合には抗告人らおよび相手方が新準備組合あるいはこれを母体とする市街地再開発組合に加入する余地を残しながら、当面これらの者を除外して市街地再開発事業を推進するとの提案がなされ、抗告人らとしても商店街全体の利益を考えると右提案に同意せざるを得ず、かくして昭和四八年一一月一八日従前の再開発準備組合は解散し、新準備組合が結成された。
(四) その後、新準備組合のもとで市街地再開発事業の準備は急速に進展し、昭和四九年一二月二四日、富山県知事により本件土地を除外した富山市総曲輪三丁目四番街区を区域とした市街地再開発事業に関する都市計画の決定がなされ、これに先立って同月二三日には富山市長によって本件土地を含む右街区の全区域が高度利用地区に指定された。そして、新準備組合を母体とした富山市総曲輪地区市街地再開発組合が富山県知事の認可を得て設立され、同組合によって再開発共同ビルの建設が推進され、昭和五一年七月頃共同ビルは完成し、同年七月二日株式会社西友ストア北陸をキーテナントとする富山西武百貨店として開業し、罹災前に同街区に店舗を有した営業者のうち抗告人らを除く殆んどの者が右共同ビルに入居して営業を開始した。
一方、抗告人らと相手方との間の前記明渡訴訟は、前記の経過をたどり、最終的には抗告人らの勝訴に終ったが、抗告人らにおいて市街地再開発組合へ復帰することが可能な時期に判決はなされなかったのであり、抗告人らは右再開発事業から終局的に取残される結果となった。
5 明渡訴訟の判決確定後の経過
(一) 前記明渡訴訟が抗告人らの勝訴に終り、前記各賃貸借契約が従前と同一の条件をもって更新されたことが裁判上肯定されたのであるが、もともと各賃貸借契約は非堅固建物の所有を目的とするものであったところ、本件土地付近は昭和三七年頃から防火地域の指定を受けており、従って、新たに建築する建物は堅固建物でなくてはならず、そのためには借地条件の変更が必要であった。
もっとも、この点は借地非訟事件の手続による解決が可能であったが、さらに困難な問題として、前記市街地再開発事業の過程において同事業の実施区域のみならず本件土地についても高度利用地区の指定がなされ、右指定において建物の建築面積の最低限度が二〇〇平方メートルと定められたため、抗告人らのいずれもが単独ではその借地上に建物を建築することが許されない事態が生じていた。
これは、前記大火後仮設店舗において営業をなし、その仮設店舗さえも市当局から設置許可の期限が経過したことを理由にその除却を再三求められている抗告人株式会社シャルムおよび抗告人室にとっては緊急に解決を要する問題であったし、その余の抗告人にとっても、その所有建物は既に耐用年数を相当経過しているうえ前記火災によって損傷を受けており、かつ、商店街全体が不燃化、高層化の方向に向っていることから、早晩堅固建物への建て替えが必要であり、その場合には右と同じ問題に直面することが当然予想された。
(二) この問題を相手方との協議によって解決することは、従来の経過にてらし不可能と考えられたので、抗告人らは打開策を検討した結果、本件土地全体を敷地として抗告人ら四名共同で一棟の堅固建物を建築し、その内部を各抗告人の賃借地の範囲に合せて垂直に区分し、各専用部分を区分所有することにより、賃貸借契約に基く土地使用権能の範囲内において公法上の規制に適合した建物の建築が可能であるとの見解に到達し、右構想のもとに建築の準備を始める一方、富山地方裁判所に対し借地法八条の二に基き借地条件変更の申立てをなした。
右借地非訟事件の審理においても相手方は、本件におけると同様に、抗告人らが企画している一棟の建物の建築は土地賃貸借契約に違反するものである旨主張したが、富山地方裁判所はこの点に触れることなく借地条件を堅固建物の所有を目的とするものに変更する裁判をなした。
相手方は右裁判を不服として当庁に対し抗告の申立をなしたが、当裁判所は右建築がいかなる事情のもとにおいても常に土地賃貸借契約に違反するとまではいえない旨を判示したうえ右抗告を棄却した。
そこで、抗告人らは自分らが企画している一棟の建物の建築は、土地賃貸借契約違反とはならない場合に当るとの見解のもとに建築計画を推進し、昭和五四年八月頃清水建設株式会社との間で建築請負契約を締結した。
(三) しかしながら、右請負人としては、右適法性の判断が微妙であるうえに、従来の経過にてらし相手方において建築工事を妨害する行動に出る可能性が大きいとみて、工事の適法性について裁判所の明確な判断が示されるのでなければ工事に着工しないとの意向を示したため、抗告人らとしても相手方の従来の態度に鑑みやむを得ないこととしてこれを了承し、本件仮処分申請に及んだものである。
三 右に疎明された事実の経過をもとに、さらに前掲各疎明資料をも参酌して、抗告人らが企画している一棟の建物の建築の適法性について検討する。
1 抗告人らが建築しようとしている一棟の建物は、各抗告人の専有部分がそれぞれの賃借地の上下空間内に収まるよう設計されてはいるものの、共用部分が本件土地の全面にわたって存在することになるのは避けられず、従って、抗告人らはそれぞれの賃借権を基礎として相互に一種の転借権を設定したことになるといわざるを得ないのであって、通常このようなことは賃貸人の承諾なしには適法になし得ないものといわなければならない。
2 しかしながら、本件においては、以下の諸事情が存するのであり、右原則論は必ずしも妥当しない。
(一) 本件土地が市街地再開発事業の実施区域から除外されたことの主な原因は、相手方において自己の主張を不当に固執したことにある。即ち、都市再開発法七三条四項によれば、借地権の存否について争いがある場合でも、存否が確定するまではそれが存在するものとして権利変換計画を定めるべきものとされているのであって、抗告人らが市街地再開発組合に参加することにつき法律上の支障はなかったというべく、ただ事実上、相手方の激しい反対の前に多くの組合関係者が抗告人らを参加させての組合運営の先行きに不安を抱き本件土地を一応除外して事業を進めることを望んだため、抗告人らにおいて商店街全体の利益のため準備組合から身を退かざるを得なかったのであって、後に抗告人らが賃借権を有することが裁判上確定されたことからしても、この時の相手方の態度は非難されるべきである。
(二) 富山市が市街地再開発事業の実施区域から除外された本件土地についてまでも高度利用地区の指定をしたことの当否については若干の疑問はあるが、一般に一街区をさらに細分して高度利用地区の指定をすることが好ましくないことも否定できず、右指定が不当であるとはにわかに断定できない。しかし、いずれにしても現在では右指定の効力を争うことはできないと解されるところ、抗告人らが当時不服申立等の手続による救済を求めなかったことについても、抗告人ら主張のような事情が存し、やむを得ない面があったものといわなければならない。
(三) 高度利用地区の指定は私権に対し一定の制限を課するものであるが、土地について賃貸借関係が存するときその制限は賃貸人と賃借人との関係において公平に作用すべきものであり、実質的な不利益が一方に偏するような結果になるのは相当でないと解されるところ、前記高度利用地区の指定の結果、抗告人らは本件土地上に共同して一棟の建物を建築する以外に、各賃借地を建物所有という契約上の目的に副った使用をする途はないという状況が生じたのであり、右状況のもとで右一棟の建物の建築が賃貸人の承諾がない以上絶対にこれをなし得ないものとすれば、抗告人らは事実上賃借権の放棄を強いられることになり、相手方が前記明渡訴訟が係属中であることを利用して抗告人らの市街地再開発事業への参加を妨害したことが、右訴訟において実現できなかった本件土地の取戻しを結果的に成功させることになる。
右の諸点および、抗告人らが企画している区分建物の各専有部分はそれぞれの賃借地の上下空間内に存すること、四名共同することによってのみ抗告人ら全員が賃借地を建物所有のために使用できること、右区分建物の設計(ただし、後記のとおり抗告人らが予備的に主張する設計)によれば、共用部分とされるのは右区分建物の構造上最少限度必要なものに限られていることにてらし、右建築に伴う土地使用が実質的に賃借地の一部転貸になるとしても、その転貸には背信性がないというべきであり、さらに、本件土地の利用が現在のような形で公法上の制約を受けるに至ったのは主として相手方の行動に起因することにてらせば、相手方としては右公法上の制約が抗告人らに対する関係でその及ぼす影響ができるだけ少くなるよう配慮すべき信義則上の義務を負うというべきであり、この観点からすれば、相手方は抗告人らにおいて前記一棟の建物を建築するのを受忍する義務を負うというべきであり、抗告人らが共用部分を伴う前記一棟の建物を建築することには、単に背信性がないというに止まらず、全体として賃借権に由来する権利の行使たる性格を有するものと解される。
なお、右にいう最少限度必要な共用部分には、空間を効率的に利用するため、あるいは建築費を節減するための共用部分などは含まれず、一棟の建物が存立するうえで建築工法上必要な共用部分および専有部分を区分するために必要な共用部分に限られると解すべきである。そして、抗告人が第一次的に主張する設計には、抗告人室と抗告人藤江の各専用部分の間の共用階段および給水設備の一部に必ずしも最少限度必要といい難い部分が存するのであるが、予備的に主張する設計、即ち別紙設計図(一)ないし(八)においては右の点が修正され、共用部分は最少限度必要なものに限られている。従って、建築工事の適法性についての前記説明は右予備的設計に基く工事についてのみ当てはまる。
3 相手方は、抗告人らに一棟の建物の建築を許すとすれば、かりに抗告人の一人につき賃借権が消滅した場合に、建物の一部収去が不可能なため当該賃貸土地の返還を受けることができないことになり、このような不利益が相手方の意思に基かないで課せられるのは不当である旨主張する。
しかしながら、右不利益は建物区分所有権法七条に基く区分所有権売渡請求権を認めることによってある程度緩和されるし、なお不利益が残存することを否定できないとしても、それは高度利用地区の指定という公法による私権の制限が賃貸借契約関係を媒介として相手方に対し右の形で発現したものとみるべきであるから、相手方の意思に基いていないことを特に異とするに足りない。
四 相手方は、抗告人株式会社シャルムとの間の賃貸借契約の解除を主張するが、相手方が契約違反ないしは信頼関係の破壊であるとして主張する事実は、《証拠省略》等にわかに措信し難い相手方本人の供述を記載した書証以外にはこれを認めるに足りる的確な疎明資料はなく、従って、右主張は採用できない。
五 以上により、抗告人らが予備的に主張する設計に基く区分建物の建築は、賃借権の適法な行使というべく、従って、右の限度で被保全権利はその存在が疎明されたというべきであり、また、相手方の従来の主張およびその行動にてらし、右被保全権利の行使である建築工事につき本件土地に立入りこれを妨害してはならない旨の義務を仮に定めることの必要性も一応認められる。
六 よって、本件仮処分申請は右の限度で理由がありこれを認容すべきものであるから、これを全部却下した原決定を変更することとし、前記諸事情に鑑み保証を立てさせるのは相当でないからこれを立てさせないこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 清水信之 山口久夫)
<以下省略>